バナナの皮:日常という名の短編集 (という名のトミモトリエの日記です)

2011
1105
Sat
06:39 PM

わたしの妹、冨本恵美 (トミモトエミ) が、先日11月4日の午後、31歳の生涯を終え、永眠しました。

原発不明がんによる全身転移で、肺や肝臓や腸、最期は骨までがんに侵され、入院していた杏林大学病院の病室で、家族と恋人に見守られながら、静かに息を引き取りました。最期は笑顔でした。

今年の6月にがんの診断を受け、その時点で「余命1~2ヶ月」という宣告を受けていたのですが、本人が最初から最期まで「絶対に治る!」と信じて疑わず、ひたすらポジティブに治療に励み、一時は奇跡的な回復ぶりを見せ、2週間の一時退院をすることもできました。4ヵ月半の闘病生活、とにかく頑張りました。

皆様に、表立ったお知らせや、面会の受け入れができなかったのは、「絶対に治す」という意志を貫くための、本人の意向でした。入院していたこともご存じない方には、突然の訃報となり、大変申し訳なく思っております。

また、闘病生活を支え、応援してくださった方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。

今まで、本当にありがとうございました。
31年という、少し短い人生でしたが、たくさんの素敵な人たちに出会えて、恵美は幸せだったと思います。恵美が伝えきれなかった感謝の意を、姉として代弁させていただきます。
本当にありがとうございました。
これからもずっと、友達でいてあげてくださいね。

葬儀に関しては、下記の通り執り行います。
平日なのでお忙しいと思いますが、お越しいただける方は、コメント欄でも良いので、一報いただけると助かります。


【日時】

通 夜 : 11月8日(火) 18:00 から 19:00 まで
※家族は夜中までおりますので、19:00過ぎでも大丈夫です

告別式 : 11月9日(水) 13:00 から 14:00 出棺

【場所】

東都アールホール
〒191-0062 東京都日野市多摩平6-25-2
TEL:042-583-6565

交通機関: 
都道256号線(旧甲州街道)沿い、日野自動車工業正門前の反対側
JR中央線 日野駅 から徒歩15分
JR中央線 日野駅 から バス 「八王子駅北口行き」 で2つ目の 『日野自動車工業前』下車すぐ前

【宗旨について】

宗旨は仏式になりますが、あまり気にせず、服装も平服で構いません。
来ていただけることが何よりです。


【通夜・告別式に来れない方へ】

通夜・告別式には来られないという場合、
8日の昼までは、実家におりますので、会いに来ていただければと思います。
実家は、東京都日野市にあり、JR 中央線 豊田駅が最寄駅となります。
※事前にご連絡ください


【供花・弔電の代わりに】

最期に、「笑顔」のご協力のお願いです。
供花・弔電の代わりに、みなさんの笑顔の写真を、メールで送ってくれませんか?

一部の方にしか送付方法を教えていませんでしたが、最期の1~2週間前に、メールで写真を送れるデジタルフォトフレームを恵美に渡してあり、毎日、家族や友達から送られて来る写真を、うれしそうに、うらやましそうに眺めては、「はやくみんなに会いたい。」「あそこに行きたい。」「あれも食べたい。」と、希望を語っていました。みんなの笑顔や日常に励まされていました。

葬儀場でも、恵美の傍にこのフォトフレームを置いておくつもりです。

葬儀にお越しいただけない場合でも、笑顔の写真を1枚送ってくれたら、きっと、喜びます。
携帯のカメラで撮った、なんでもない写真でOKです。

恵美をよく知る人も、一度しか会ってない人も、会ったことなくてもいいです。
たくさんの笑顔に囲まれて送り出してあげたいと思います。

cotocotocc@photo-u.jp

件名に、あなたの名前を入れて、本文にメッセージを入れて、 写真を添付して送ってください。PCからのメールはスパム防止のためGメールからのみ送ることが出来る設定になっています。 携帯のメールアドレスは全てOKです。

わたしの知らないお友達もたくさんいるかと思いますので、恵美を知っているお友達にも連絡をまわしてくれると、とても助かります。よろしくお願いいたします。

2011
1101
Tue
02:57 PM
Shinkoenji

Shinkoenji

抱瓶の後、ユウスケとフミちゃんと3人で、わたしが10年以上前に住んでいた、新高円寺のダイヤモンドマンションを見に行った。もちろん中には入れないので、外から眺めるだけだったけれど、オートロックの入口からちらりと見えた黄色いエレベーターがなつかしくて、「ここで写真を撮ったな」とか「ペット禁止なのに犬を連れてるおばさんをよく見たな」とか、なんてことない小さな出来事を回想した。

当時、自分で立ち上げたアパレルブランドが軌道に乗り、一部出来高制で給料をもらっていたわたしは、人生の中で一番景気の良い時代を迎え、22~3歳にして家賃12.5万円の2DKの部屋を借りるという冒険をした。床は白黒のチェッカー柄に貼りかえ、アンティーク家具を買い漁り、壁にはブリキの看板を貼り、子供の頃から憧れていた50'sアメリカンテイストの部屋に仕上げた。最後の方は住居というよりカフェのようになり、10人以上の来客があっても全員ソファーに座れるように、とにかくたくさんの椅子があった。

ユウスケとフミちゃんは、妹のエミの友達で、よく家に遊びに来ていたメンバーだった。ちょうどエミが、わたしの母校でもある女子美の短大に入学したばかりで、学校が隣の東高円寺にあることや、アルバイトスタッフとして高円寺の店舗を手伝ってもらっていたことから、家賃なしの居候を黙認していたのだ。むしろ、海外出張の多かったわたしより、エミやエミの友達が家にいる方が多かったのではないだろうか。もちろん、わたしの友達や仕事仲間、当時付き合っていた彼や彼のバンド仲間、お店のお客さん、いろんな人が遊びに来ていたけれど、学生だったユウスケやフミちゃんたちがあの家にいた印象が一番強く残っている。

疲れて仕事から帰り、黄色いエレベーターに乗って部屋の前に来ると、ドアの隙間からたくさんの笑い声が聞こえる。「おかえりなさーい!」と、みんなに迎えられるのは、うれしいことだった。
Dachibin

Dachibin

Dachibin

Dachibin

人が、身も心も健康に生きるために、「笑う」ということが、どんなに大事なことかを、実感している。 大丈夫、大丈夫。自分ひとりじゃ笑えなくても、まわりで誰かが笑ってくれたら、一緒に笑えるから。

カメラを買った翌日、ユウスケ&フミちゃんと高円寺の抱瓶で大事な話をした。ダイヤモンドマンションに遊びに来てたあのころは、牛丼太郎で牛丼一杯おごるのが精一杯だったユウスケが、全部おごってくれたよ(笑)。
2011
1029
Sat
03:37 PM
Hidenori Minami

日曜の夕方に南さんと電話で話して、カメラもないのに(愛くんにもらった50Dは故障中)「写真を撮らせてほしい。」とお願いして、その日の夜会うことになって、そのまま吉祥寺のヨドバシへかけこんでCANON EOS 60D(18-135mmレンズ付)を購入。元々50Dを修理してズームレンズを買い足そうと思っていたので、その日はとりあえず(これまた壊れかけの)RICOH R8の代用コンデジを買うつもりだったんだけど、カメラ売り場の営業の口車にのせられ、気付いたら60Dを買っていた。50Dの修理代+レンズ個別買うより60Dをセットで買う方が安いというマジックが発動してるんだもの。そりゃ60D買うでしょ。

Hidenori Minami

ということで、下北で南スマイルを撮らせてもらい、写真を届けた。「こりゃめっちゃ元気出るわ!全くかわらず最高のスマイル(ハート)」と、大喜び。

多くの人の心を動かす美しい写真は撮れなくてもいい。今は、だれかひとりを少しだけ元気にする写真が撮れればいい。できるだけたくさん。
2011
0501
Sun
03:25 AM
006

床屋に置いてあるくるくる回る看板みたいな。 くるくるくるくるくる。回り続ける。
2011
0426
Tue
03:14 AM
16

新宿マインズタワーB1の「食人」で買った、りんごパンとぶたパン。
2011
0425
Mon
03:31 AM
sin29_2

sin29_3

前回、中目黒で肉を愛しまくったチーム(+α)で、新年会ならぬ新肉会。今回は恵比寿の「遊牧」で、米沢・山形牛を愛しまくった。猪蔵さんは生肉が似合うなあ。
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